高田一夫(1906-1982)は山口県徳山市生まれ。八幡製鉄所に勤める傍ら、独学で木版画を制作しはじめました。
国画会への出品・入選を通して棟方志功らとも親交を持ち、日本板画院の結成にも深く関わっています。労働者を題材とした版画作品を数多く残す一方、1951年、当時としては企業メッセージ(文化支援活動)の早い例と言える職場絵画サークル「生活美術協会」を創立し、後進の指導に当たります。
1960年代以降は「民芸」運動(※)に共鳴し、1961年より日本工芸館小石原分館長を努め、1971年から1978年にかけて研究誌「用と美」を編集・発行するなど、北部九州でも「民芸」の普及活動に大きな役割を果たしました。
美術家としての活動、後進の指導者としての活動など、高田の活動は多岐に渡りますが、その視線は一貫して市井の名もなき労働と創造活動に向けられていたといえるでしょう。この展示会では、未発表の初期の油彩画から代表的な版画作品、氏の骨董コレクションなどを通して高田の活動を多角的に紹介します。
(※)民芸活動…大正期に柳宗悦が提唱した運動。芸術作品や工業製品に対して、庶民の生活から生まれた素朴で実用的な美を備えた郷土工芸品を重んじる。