「あなぐまち」とは、作者がずっとともに生きてきた「まち」の名前である。その意味で正しくは「作品」を超えたものかもしれない。しかし作者の手で作られたものであることも確かだ。作者が作った作品が、作品であることを超えて作者そのものになっていく。ここにはそう実感させるだけの現実味がある。
椹木野衣(美術批評家・多摩美術大学教授)
第27回岡本太郎現代芸術賞審査評より
つん(1981年福岡県北九州市生まれ)は、現在熊本県菊池市の龍門アーティスト集合スタジオを拠点に活動をする美術家です。10年前から、「あなぐまち」と名付けた「まち」の制作を続けています。
「あなぐまち」を構成するのは、段ボールで作られた「団地」です。同じような外観の一般的な団地や集合住宅は、均一性や匿名性の象徴のように見えますが、そこで生きている人々に目を向けるとき、その印象は一変します。さらに、つんの眼差しは人間だけでなく、石ころのようなごく平凡なものや目に見えないものにも向けられます。「800世帯」におよぶ小さな部屋の一つひとつには「くつした」や「レジャーシート」「ゆげ」などの「住人」がいて、それぞれに「住民名簿」があります。
多岐にわたる素材はすべて、私たちの身近に存在するものです。制作時に出た段ボールの端切れでさえ集められ、作家はその泥団子のような塊を「赤ちゃん」として慈しみ、新しいかたちを与えます。モノクロームの団地は、作家のこれからの人生をあらわしており、そこにすべて色が与えられるのは、作家自身が生を終えるときだと、つんは言います。
「あなぐまち」という名前は 「あたまのなかのぐたいてきなまち」に由来します。それは幼少期よりつんが心の拠り所としてきた空想の世界でありながら、作品として生み出され、作家の生と分かちがたく結びついた現実の存在でもあります。人間も生き物も、目に見えるものも見えないものも等しく生命(アニマ)を与えられた「あなぐまち」の住人たちとその世界は、誰一人拒絶することなく受け入れます。そして、その愛らしい表情の奥には、「現代美術」という枠組みを超えて、生と死そして芸術という人間の根源的な営みそのものに迫る切実さを宿しています。
2018年、第29回熊本アートパレードで、アートパレード大賞(熊本市賞)およびオーディエンス賞を受賞。そして2024年には、第27回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)のグランプリにあたる岡本太郎賞およびオーディエンス賞を受賞しました。国内外の美術館初の個展となる本展では、岡本太郎賞受賞作品として川崎市岡本太郎美術館で初公開された《今日も「あなぐまち」で生きていく》を中心に、絵本の原画や新作ドローイング、不知火美術館・図書館の空間を活かしたサイトスペシフィックなインスタレーションを展示。つんの「あなぐまち」の世界を多角的にご紹介します。