「こともの」--この不思議な響きのことばは、「コト」と「モノ」でしょうか。それとも「こども」に関する何かでしょうか。美術作家の河野愛(かわの あい/1980- )は近年、「こともの」と題したシリーズの作品に取り組んでいます。河野自身は「異物/異者」と表記される古語として、このことばを選んでいます。乳児の肌のくぼみに真珠を挟んだ様子を撮影した一連の作品は、そのやわらかな肌の心地よい感触と同時に、真珠という異物が肌の合間に存在する違和感、またクローズアップによる距離の測れなさ、そして怖さをも見る者に感じさせます。
河野が「こともの」を制作のテーマとしたのは、2019年末、コロナ禍に見舞われる直前に出産し、子育てが始まったことがきっかけでした。見えないウイルスという異物が世界を脅かし、外出が極度に制限されるなか、河野は生まれたばかりの乳児と向き合う日々を送ることになります。自分の身体のなかから生まれ出た存在ながら、コミュニケーションの難しい異者である乳児との生活は、その状況も相俟ってさまざまな困難を伴いましたが、その結果、河野に「こともの/異物/異者」という存在に向き合う視点を与えることになりました。
ところで美術館には体系立てて集められたさまざまなコレクションが存在しますが、収蔵された作品は過去の「遺物」でもあり、また作品同士は互いに「異物/異者」として存在します。それらを時代やジャンルに縛られることなく自由に出会わせることで、美術と美術館の楽しみ方をさまざまな視点から紹介する場として設定してきたのが、和歌山県立近代美術館が2011年より継続するシリーズ展「なつやすみの美術館」です。14回目となる今回、河野愛を本展の招聘作家に迎え、美術館のコレクションに「こともの」である河野の作品を加えることで、また河野自身が美術館のコレクションという「こともの“と”」と出会うことで、美術館を訪れる人にとっての新たな「こともの」との出会いの場を生み出したいと思います。