昭和16年から18年、太平洋戦争が激しさを増す中、土門拳は心のふるさとに帰るように文楽の撮影に打ち込みました。
当時の文楽は、浄瑠璃には豊竹古靫太夫、三味線の鶴沢清六、人形遣いの吉田文五郎、吉田栄三、桐竹紋十郎といった国宝級の三役が揃い、まさに全盛時代。この後間もなく、多くの人形・衣装が戦火で消失しました。
これらの原板(ガラス乾板)は、空襲時には自宅の床下に埋められ奇跡的に守られ、撮影後30年余り経た昭和47年、ようやく写真集として発表され世に出ました。
苛烈な戦時下にありながら、若き土門が打ち込んだ「文楽の黄金時代」の貴重な記録です。
また、今回3点のカラー作品を展示いたしますが、この大変不思議な渋い色再現をしているカラー写真は、実はカラーフィルムを使って撮影したものではありません。まだ日本にはカラーフィルムがなかったこの時代、土門は、被写体にそれぞれ赤・緑・青のフィルターをかけて写した白黒ネガを合成製版するという独自の方法でカラー写真に挑戦しました。大変面倒で時間のかかる撮影だったため、わずか数点しかありませんが、とても貴重な資料と言えます。