端正な顔立ちと信念を感じさせる深い眼差し―たとえその人を知らずとも、この自画像には観る者を一瞬にして惹き込む力強さがあります(本チラシおもて面)。画家の名は、安岡信義(やすおかのぶよし)(1888-1933)。久松山の麓、現在当館が建つ地域で幼少期を過ごしたのち1907年に上京して、東京美術学校に新しく設置された図画師範科の一期生として入学しました。卒業後はひとたび教職に就くものの、2年後には再上京して本郷洋画研究所に学び、画家の道を探ります。およそ9年に及ぶ東京での滞在期は、黒田清輝や久米桂一郎ら欧州に学んだ画家が展開した新しい素描教育が試行された時期と重なっており、安岡はとくに岡田三郎助や小林万吾に手ほどきを受けました。初めての回顧展となる本展覧会では、現存する作品群を通じて安岡の画業の全貌に迫るとともに、画家が直接的にも間接的にも師と仰ぎ、近代洋画の黎明期を牽引した外光派の画家たちの作品もあわせて展観し、洋画の制作を取り巻く同時代の様相をご覧いただきます。
一方、安岡は人生の後半期を赴任先の富山で過ごし、富山師範学校(現 富山大学)で図画教師として後進の育成に努めました。教職のかたわら、県下の図画教師による研究会を結成して美術教育に力を注いだほか、同地で初めてヌードモデルによるデッサン会を開催したり、フランス美術展を招致して開催を実現するなど、富山の芸術振興の基盤を形成したと言えます。本展では、富山での安岡の活動とあわせて、後年に同地の洋画壇を確立することとなる教え子にあたる世代の作品もご紹介します。また、安岡が残した書簡や日記には、繊細でありながら熱い情熱を秘めた人柄が滲み出ています。この機会に、近代洋画の黎明期を生きた「知られざる」画家の神髄に触れていただけることと思います。