シルクロード、アンコールワット、敦煌―世界遺産の保護活動に心血を注いだ画家平山郁夫の一生は、中学三年十五歳のとき広島で目撃した原子爆弾の惨状、自らも放射能を浴びて白血球減少の後遺症に苦しんだ「被爆体験」が原点だったとされます。
戦没画学生慰霊美術館「無言館」(長野県上田市)に収蔵される手島守之輔、伊藤守正もまた、原爆投下直後の広島、長崎に入って被爆し、三十一歳、二十四歳の若い生を散らした画学生でした。終戦直後に投下された特殊爆弾(当時はそう呼ばれていました)「ピカ」は、一瞬にして画家を志していた二人の画学生の命を奪っただけでなく、将来にわたって彼らが描いたであろう無限の「自己表現」の可能性をも奪い去ったのです。
今回、ここ平山郁夫美術館の一室において、手島守之輔、伊藤守正が生前に遺した数少ない作品が紹介されることは、平山が画布に再現しようとしていた「失われた未来」に手向けられる一束の献花になるような気がしてなりません。
―――――「無言館」館主 窪島誠一郎