「名所江戸百景」は、初代広重の手になる118図に図案家・梅素亭玄魚の目録、そして二代広重の落款のある1図を合わせた計120図の大部の揃物です。タイトルが「百景」となっているのは、当初は百図で完結するはずだったものが、売れ行き好調につき予定を超えて制作を続けることになったから、と一般的には考えられています。しかし本揃物刊行中の安政5年(1858)9月、広重は突如、62歳で人生の幕を閉じることとなります。つまり、本揃物は広重畢生の大作にして遺作でもあるのです。
広重は、本揃物以外にもいくつもの江戸の名所を描いたシリーズを手掛けています。これらは参勤交代で江戸にやって来た地方の武士や、仕事や観光のため江戸を訪れた庶民たちにとって、大変よい江戸土産となりました。現在私たちが観光地に行った際、記念にご当地グッズを買う感覚、といえば分かりやすいでしょうか。しかし、「名所江戸百景」の中には江戸土産としては少々不可解な、一般的に江戸の名所とはいえないような場所を描いた作品がいくつも含まれています。これらの場所は、遠方に住む旅人たちにとっての江戸名所というよりはむしろ、広重と同じく江戸に暮らす人々が楽しみ、共感することのできる「隠れた名所」でした。「名所江戸百景」は、江戸っ子のための江戸名所絵と見ることもできるのです。本展では、生粋の江戸っ子絵師・広重描く華やかなりし江戸名所の数々を、四季折々の風景と共に見ていきます。