幾重にも重なる大小の円と生き物のようにうごめく細かな線。これらが複雑に絡みあいながら構成される木原康行<きはら・やすゆき>の作品は、ミクロの世界の細胞分裂や宇宙空間など、見る者にさまざまなイメージを呼び起こします。そのめくるめく造形世界は、じっと見つめていると、いつしか絵のなかに引き込まれてしまいそうな、不思議な魅力をもっているといえるでしょう。
木原康行は1932年に名寄市で生まれ、現在パリに在住し活躍を続ける銅版画家です。武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)で油彩を学んだ後、少年時代の病がもとで30代半ばに聴覚を失いますが、37歳で版画家を志して渡仏。独学でフランス語を学びながら、世界的に有名な版画塾アトリエ17で版画技術を習得しました。木原が現在の造形スタイルを確立したのは1970年代後半。目に見えない自然の力や生命のかたちを表すことをテーマに、卓越した銅版技術と無限の広がりと動きを感じさせる独特の抽象表現によって、広く注目を集めるようになりました。以来今日にいたるまで、その表現を深化させるとともに、80年代半ばからはアクリル絵具による絵画も手がけ、より幅広い創作活動を展開しています。
本展は、新作を加えた同版画約140点、油彩、アクリル画、デッサンなど約50点を紹介する木原康行にとって初めての本格的な回顧展です。どこまでも広がる小宇宙のような神秘に満ちた造形世界をぜひご覧ください。