わが国では古代より養蚕の歴史があり、人は蚕を飼い、絹糸を作り、絹布を生産してきました。 明治時代になると、殖産興業のひとつとして盛んに行われるようになり、養蚕に適した地域では、蚕を飼い繭ができると、製糸工場へ出荷しました。 工場でつくられた生糸は、昭和初期をピークにアメリカなどへ多く輸出されました。 自給自足だった当時の暮らしの中で営まれた養蚕は、貴重な現金収入を得ることのできる家内作業でもありました。 明治期の美濃加茂の養蚕は、蚕が卵を生みつけた紙である「蚕種紙(さんしゅがみ)」を買い、卵を孵化させることから始まります。 そして繭ができるまでの約1ヶ月間、家族総出で飼育をしました。
今回の展示では、山之上村(現美濃加茂市山之上町)の中島要市さんがつけていた明治44年(1911)の日記から、秋蚕の飼育の様子を紹介します。 また「まゆの家」にボランティアによって目棚(めだな)を作り、「座敷飼い」とよばれた飼育の様子を再現します。
展示数約20点。