5000年を超える歴史の中で育まれたインドの民族アートは、本来アートとして制作されたものではなく、自然との深い繋がりの中に営まれた日々の暮らしから生み出されたものでした。壁画に始まる絵画は、祈りそのものであり、神々との交信の手だてでもありました。それが、誕生や結婚、そして死に至る人生の儀礼の場を彩り、暮らしにとけ込みながら、永い伝統として受け継がれてきたのです。実用品である土器もまた、永い時を経て技術が磨かれながら、独自の創造性と美的感覚が発揮される世界を築いてきました。しかし近代化の波は、こうした伝統を徐々に衰退させる一方で、人々の生活は困窮するという危機的状況を招きました。1960年代から、インド政府の手工芸局を中心に、飢饉に苦しむミティラーの女性たちに紙を提供し、絵を描くよう促し、伝統が新しい形で蘇るきっかけになりました。
新潟県のミティラー美術館の長谷川時夫館長は、1982年から現地に入り、ミティラー地方の伝統的な絵画の収集を始めました。1988年、日本で「インド祭」が開催された後は、インドから描き手たちを美術館に招待し、ゆったりとした時間のなかで大きな作品に取り組める環境を用意し、現地では難しい新たな作品の制作が始まりました。その後は、ワルリー族の描き手やテラコッタ=土器の制作者も招聘し、創作活動が続けられています。
同美術館で生み出される作品群は、自然・宇宙とのコミュニケーションを基本とする長谷川館長の理念と、インドのアーティストたちとのコラボレーションによって制作された、新しい魅力に満ちています。
今回は、こうした作品を中心に、近代化の中で衰退の危機に瀕したインドの民族アートの伝統が現在に再生し、さらに将来に向かって花開きつつある世界をご紹介します。