風景画家・小野竹喬(1889-1979)の生涯は、自然をめぐる旅の中にありました。その旅は大袈裟なものではなく、自然のささやかな変化に出会う旅でした。それは日々の散歩の中にもあり、また歌枕など歌人や俳人の詩心に響いた地を訪ねる旅でもありました。四季の移りゆく日常の中で、ふと想起される、いまあの場所の新緑は爽やかであろうというような、素朴な思いを契機とする旅でした。折々の旅でとらえた自然の表情は、新鮮な写生となりますが、いわゆる名勝旧跡として場所を特定できる素描はほとんどありません。竹喬は、瞬時の出会いの中で与えられる自然の息づかいを、見過ごさずにとらえようとします。おそらく、この瞬間が竹喬にとって至福のときであったと思われます。
今回の展覧会では、竹喬のさまざまな旅の中から、「ふるさと瀬戸内の旅」、「岬と渓谷をめぐる旅」、「日常という旅」、そして「欧州憧憬の旅」という四つの小テーマを掲げ、館蔵品と寄託品により、竹喬の旅の足あととその成果を紹介します。
「ふるさと瀬戸内の旅」では、竹喬が幼き日から日永飽かず眺めていた安閑とした笠岡周辺の海景を、「岬と渓谷を巡る旅」では、竹喬が繰り返し訪ねた大王崎や足摺岬、そして奥入瀬渓谷や赤目渓谷など壮大さと繊細さを兼ね備えた風景を、「日常という旅」では、竹喬が散歩の途中で目にした京都の四季を、そして「欧州憧憬の旅」では、フランス、イタリア、スペインの街角の風情をそれぞれ紹介します。
旅から生まれた竹喬の作品は、自然と触れた素直な喜びを表しています。日本の自然の美しさは、その大小を問わず、接する人の心のありかに相応する鮮やかな表情を示すことを、竹喬は静かに伝えました。心地よい竹喬と旅の世界を味わっていただければ幸いです。