「あなたの肖像」は、工藤哲巳が最も好んで使用した題名のひとつです。「あなた」とは、まさしくこの作品の前のあなたのことです。「そんなこと言っても、これが「わたしの肖像」のはずないじゃないか。」こんな風に感じた、あなた。とっても見る目があります。なぜならそれこそ、工藤哲巳があなたに期待した反応と、ひとまずは言うことができるからです。
工藤にとって作品とは、「コミュニケーションのだし」。彼の作品を見るという行為は、目の前にある事物を完結した作品として受動的に受け取ることではありません。作品の目的は、私たちの反応や応答を引き出し、作家の世界観との交流を促すことにあります。拒絶だってコミュニケーション表現のひとつとすれば、それもまた、工藤の世界観と対面することなのです。
「あなたの肖像」は、工藤によって提示された「現実の模型」です。良識や既成概念、道徳といった枠組みに縛られ、同時にそれによって守られている私たちの、更には化学物質やテクノロジー(科学技術)に頼らずには生きることのできない現代人の肖像です。しかし、工藤はこのような「現実」を見せ、私たちを絶望させようとしているわけではありません。むしろ現実を見つめたうえで、そのなかでいかに生きるか。いかに人間のありようを変革することができるか。その可能性の展開を、作品を介した作者と私たちとの関係性において生じるコミュニケーションそのもののうちに見出したのです。必ずしも心地良くはない見た目とは裏腹に、工藤の作品はポジティヴな可能性を秘めています。
工藤哲巳(1935-1990)は、大阪生まれ。少年期を父の出身地青森で暮らし、1945年に父が早世した後、母の郷里岡山で高校まで過ごしました。東京藝術大学在学中から、読売アンデパンダン展などに出品。篠原有司男や荒川修作らとともに「反芸術」世代の代表格に名を連ねました。
1962年に渡仏。その後、約20年、パリを本拠にヨーロッパを活動の場として、文明批評的な視点と科学的な思考とを結びつけた独自の世界を展開し、欧州の人々を挑発するような作品を作り続けました。
1970年代半ばから、一転して内省的な雰囲気を湛えた作品へと変化し、自分自身や日本の社会構造を根幹から見つめなおすものへと展開していきます。
1987年には母校の東京藝術大学の教授に就任しましたが、1990年11月12日に55歳の若さで他界しました。
近年、フランスやアメリカで大きな回顧展が開催され、戦後美術における重要な日本人作家のひとりとして、国際的にも再評価の気運が高まっています。国内では20年ぶり、東京では初めての回顧展となる本展覧会は、日本で制作された初期の絵画から、パリ以降の充実した作品群など、あわせて200点を超える作品と資料によって、工藤哲巳の30年余りにわたる活動を包括的にご紹介します。