版画家で版画史研究家でもあった小野忠重(おの ただしげ、1909-90)が集めた貴重なコレクションと、町田市立国際版画美術館が25年間にわたって収集してきた近代日本版画コレクションを合わせた作品群のなかから、個性的で内容豊かな創作版画を制作した作家の作品をセレクトし、約30作家・230点によってその魅力を紹介します。
明治30年代後半、当時盛んに発行されていた印刷物や複製的な性質の版画を批判して、「創作版画」とよばれる作品を制作する美術家が登場しました。その作品は、画家自身が直接木版を彫ったり石版に絵を描いたりすることを原則とし、オリジナルであることを重視した版画でした。それ以後創作版画は、木版画を中心に新しい表現形式として美術界に迎えられ、多くの制作者を生み出すことになります。
また、創作版画を制作する版画家は、洋画家や彫刻家と同様に、大正から昭和期に隆盛したさまざまな美術思潮を吸収し、時代が要請するテーマを率直に、個性的に表現していきました。たとえば個性を追い求めた大正時代には、恩地孝四郎や田中恭吉らが『月映(つくはえ)』を発行し、青年期特有の複雑な心情を木版画に赤裸々に刻み込んでいます。関東大震災からの復興を遂げた昭和初期には、谷中安規がモダン都市東京の相貌を不安感と共に個性的に描き出しました。
町田市立国際版画美術館では、2009年に「生誕100年 小野忠重展―昭和の自画像―」を開催しました。本展覧会は、その小野忠重が多くの版画仲間との交流によって集めた膨大な版画コレクションと当館の収蔵品から厳選し、4部構成の展示によって近代の日本版画の魅力に迫るものです。