向井潤吉は「民家の画家」と呼ばれた洋画家です。向井が民家に興味をもったきっかけは、太平洋戦争のさ中、くり返し読んだ『民家図集』(昭和5~6年、緑草会編、大塚巧芸社刊)でした。新聞やラジオで、貴重な古い建物が戦火に遭う現状も、しばしば見聞きしていました。
戦争が終わると向井は、それまでの経験や価値観が否定され、絵を描くという、自身の精神的な支えさえ無くなったような気持ちになりました。そこで画家としての新しい道を模索するうちに、以前見た『民家図集』の影響により、次第に民家への愛着が高まっていきました。そして昭和20年(1945)新潟での制作を初めとして、古民家を探し求める旅が始まりました。向井は、半世紀におよび全国を訪ね、88歳まで、古民家の前で絵筆をとり続けました。向井の描いた民家は、土地の空気を肌で感じながら描いたものだけに、周囲の自然と一体となったたたずまいを見せ、そこに暮らす人々のぬくもりを感じさせます。
このたび、向井潤吉の生誕110年を記念し、世田谷美術館、世田谷美術館分館 向井潤吉アトリエ館所蔵の油彩画、水彩画約70点を紹介します。日本の美しい自然環境に目を向け、保護や再生への活動が高まりをみせる今日、向井の作品は、ますます大きな存在となっています。向井の描き残した民家と自然、そこには、日本の原風景が息づいています。