『昆虫記』で知られるジャン=アンリ・ファーブル(1823-1915)は南フランスの小村サン・レオンに生まれました。全10巻に及ぶことになるこの書物を最初に世に現したのは、1879年ファーブル56歳のときのことです。学校の教師を経て物理や化学などの普及書を書きながらフランス各地を転々とした彼は、この年に「アルマス(荒地)」と呼ばれる地に移り住み、亡くなるその日まで昆虫の研究に没頭したのです。
ファーブルは、昆虫を採取し、標本を作り、分類して体系立てるという従来の昆虫学には飽きたらず、明るい陽光の降り注ぐ南仏の自然の中で、日々の活動にいそしむ昆虫たちの生活をつぶさに観察し、彼らの行動の謎を解き明かしました。自分で工夫した実験道具を使って探求し、昆虫たちの生と死のドラマを生き生きと描き出した『昆虫記』は、小さな虫たちの繰り広げる壮大な叙事詩といっても過言ではないでしょう。その愛情こもった文章は、刊行されて100年を経た現在でも科学者のみならず世界中の読者を魅了し、また、多くのアーティストに霊感を与えています。
本展は『昆虫記』の先駆けとなったファーブルの直筆論文や著書、デッサンなどの資料と『昆虫記』の挿図として用いられた息子ポールによる写真、挿絵原画によってファーブルの幅広い業績と『昆虫記』の魅力を紹介します。また、『昆虫記』に魅せられた熊田千佳の慕、今森光彦、アンリの曾孫にあたるベルギーの現代美術館ヤン・ファーブルによる絵画や写真、映像作品、そして海洋堂フィギュアミュージアムが作成したオリジナルのジオラマなどを展示します。
「虫の詩人」ファーブルが愛してやまなかった昆虫の世界と『昆虫記』に触発された美術作品を通じて、わたしたちのすぐそばにいる、小さないのちの広井世界が見えてくるでしょう。