風景に自分の感情を入れなければ風景が生きてこない――これは植田正治の風景に対する考え方のひとつです。
初めてカメラを買ってもらった少年時代の頃から晩年まで、植田は、ほとんど毎日といってもいいほど周囲の風景を撮り続けていました。風景に何かしら心を動かされるその瞬間、すばやくカメラを向けてファインダーを覗けば、小さい窓の中に自分だけの世界が拡がり、植田の心の中にはすでに写真のイメージが完成しています。その大事な一瞬を逃さずにシャッターを押すことで、誰の前にもあるその風景は、植田だけの「わたしの風景」としてカメラに収められるのです。
また、植田は長い写真人生の中で風景写真に対してあらゆる試みを行っています。初期には暗室で印画紙に露光するとき建物などのフォルムを歪めて絵画調に仕上げ、時には上部からの俯瞰(ふかん)や、逆光で下から煽(あお)って角度に変化を持たせるなど、様々に実験精神を発揮しました。戦後もモノクロフィルムの特性を利用して、風景を黒と白の形態でシンプルに構成したユニークな作品をたくさん残し、晩年はカラースライドフィルムで自分の心象を映し出すような風景を亡くなる直前まで撮り続けました。
今回の展示では、これら初期から晩年までの風景の作品群を紹介し、植田による「わたしの風景」の変遷をたどります。
【主な出品作品】
シリーズ「風景の光景」より(1970-80年)
シリーズ「印籠カメラ」より(1995-97年)