生まれ育った山陰を離れることなく、生涯「写真する」よろこびを体現し続けてきた植田正治がはじめて写真と出合ったのは、近所の青年が見せてくれた暗室の中でした。赤い電球の下、現像液の中で小さな紙片にはじめはぼんやりと、そして徐々に画像が現われてくるさまは、10歳の少年にふしぎへの扉を開いてくれた瞬間だったことでしょう。幼い頃から本を読むことや絵を描くことを好み、自分のなかにお話の世界を築いてきた植田は、カメラを手にして以降、写真の中にそれらを表現することを何よりも楽しみとしてきたのです。レンズを通して見える現実の光景に、自らの心の中に描き出される情景を重ね合わせて、初期の1930年代から2000年に亡くなるまでの間、さまざまな表現技法の変遷を繰り返しながら、植田正治の写真には、どの作品を見てもどこか「現実を超えたふしぎの世界」を一枚の写真に焼きつけようと試みる姿勢が感じられます。
この展覧会では、植田の初期の絵画主義写真から晩年の静物シリーズまでをご紹介します。これらの作品群を通して、写真の中に感じられる幻影のふしぎさ、面白さを、そして写真と遊ぶ楽しさを発見してみてはいかがでしょうか。
【主な出品作品】
停留所の見える風景 1931年頃
棚の下の水面 1954年
シリーズ<童暦>より 1955-70年
シリーズ<砂丘モード>より 1983-96年
シリーズ<幻視遊間>より 1992年