山国で育った僕が、初めて海を見たのは小学校の修学旅行の時である。それまでは、村に唯一ある灌漑用水の溜池が、海に近いものと想像していた。だから、僕らは海を見た時、口々に「こんなに大きいんだ!」と叫んでしまった。
そんな体験から海には不思議にひかれ、あこがれている。全国取材の旅でも、やはり海をテーマにすることが多い。雄大な海は、日頃からせわしなく暮らし、せかせかした気持ちをなぐさめいやしてくれる。そしてそこに住んでいる人々の生活も絵の格好のテーマであり、絵心を誘う。
三重県鳥羽市本浦で、のどかな光景に出合い絵にした。防波堤を背に、数人のばあちゃんが腰掛を持ち寄り、世間話をしていた。おそらく、大漁にわいた若い頃の自慢話に花をさかせているのだろう。日焼けした顔、深いしわ、働きあげた表情だ。話をかきけすように、漁船がせわしく港を出て行った。
海で生きる人々は、潮の流れや潮風でその日の気象を読み取る。だから、干物や昆布干しの作業は、手早く空を見ながらやっている。
現在も根気よく、僕は海の取材を続けている。海もだが、そこに生きる人々を描きたいからだ。修学旅行で初めて見たあの海の感動が、今も生き続けている。これからも、海を見る旅に出かけ、一枚でも多くの絵を描きあげたいと思っている。
[講談社『原田泰治と行く 海を見る旅』より]
本展では、「海には不思議にひかれ、あこがれている」と語る原田泰治氏が、日本各地の海のある風景とそこに住む人々の生活を訪ねて描いた作品を展示します。四季折々の海の風景でつづる[海を見る旅]をお楽しみ下さい。