鑑真和上御影堂は、唐招提寺の奥深くに在る。その辺りは、静かで、いつも小鳥の囀りが聞こえる。
和上天平の昔、伝戒の師として日本の招聘に応じて来朝された唐の高僧である。度重なる難船や妨害などに遇い、辛苦の末、十二年の歳月を費して渡来されたが、その時、和上は既に失明しておられた。千二百年を越える昔、恐らく和上の在世中に着手されたこの尊像は、静かに閉じた両眼の奥に、慈愛と尊厳の高い精神性が湛えられているのを感じる。
昭和四十五年の春、この御影堂についての揮毫を、唐招提寺長老森本孝順師が希望しておられる旨を人づてに伺った。翌年六月、開山忌に御影堂の和上像を拝した私は、漸く心を決めて、七月に承諾の返事をした。
(東山魁夷「唐招提寺障壁画を描き終えて」『東山魁夷唐招提寺全障壁画展』1982より抜粋)
主な展示作品
《桂林月夜》《黄山雨過》《山霊》《春兆》
場所:東山魁夷館