日本画の魅力は、ひとつにはどこまでも澄んだ美しさをたたえる色彩、あるいは抒情性を秘めた優美さと、剛直なまでの厳しさをもあわせもつ線描、そして単純化された事物の形態にこめられた奥の深い表現にあるといえましょう。また、日本画は立体感豊かな西洋の絵画に比べて確かに平面的ではありますが、それとはことなる強い存在感をその画面のうちにはらんでいます。
明治から昭和にかけて再興日本美術院を舞台に活躍し、近代の日本画の展開に重要な役割をはたした小林古径は、まさにそうした日本画の特色をもっともよくあらわした画家の一人といえます。無駄のない、緊張感のただよう描線、濁りのない透明な色彩がつくりだす作品はどれも高雅な品格にみちており、日本画の伝統的な美しさにあふれています。
しかし、古径の作品は伝統を固守することだけから生まれてきたわけではありません。どこまでも純化されたその表現は絵画におけるリアリズムを徹底して追及したところに生まれたものであり、近代的というにふさわしい造形感覚をも示しています。私たちはそこに日本画という伝統と、絶え間なく流れ込む西洋美術との葛藤に悩みながらも、近代という歴史の流れにつらなろうと格闘する古径の姿をみることができます。
この展覧会では古径の代表作約百点を、第一章「明治―歴史画からの出発―」、第二章「大正―ロマン主義の華やぎ―」、第三章「昭和―円熟の古径芸術―」の三章にわけて構成し、その画業の軌跡を辿りながら、古径の芸術が現代に語りかけるものを探ります。