木村伊兵衛(1901-1974)は、昭和初期に『光画』同人として発表した作品などで名声を確立して以降、晩年に至るまで常に一線で活躍した、日本近代写真史上最も重要な写真家のひとりです。戦前・戦中期に携わった報道・宣伝写真、戦後の秋田やヨーロッパ外遊で撮影された一連の作品、また東京を中心とするストリート・スナップ、さまざまなポートレイト、舞台写真など、木村は多彩なテーマにとりくみ、多くの傑作を残しました。それらの作品は、卓越したカメラ・ワークと、機材や感材への深い理解によって生み出されたものであり、写真独自の視覚の追及を命題とした近代的な写真表現の、日本における最良の成果の一つと言えます。一方で、報道写真という新分野に取り組んだ木村は、印刷を媒体とするイメージの流通という、写真の社会的機能にきわめて自覚的だったという意味でも、近代写真のパイオニアとして重要な役割を果たしました。
今回の展覧会では、戦後のいくつかの代表的なシリーズを中心に木村伊兵衛のカメラ・ワークのエッセンスを抽出・提示することを主眼とするメイン会場(ギャラリー4)に加え、当館の通常の所蔵品展示「近代日本の美術」のなかに数ヶ所、木村伊兵衛展の展示を組み込み、主に印刷物を通じて社会へと流通した仕事を紹介することで、社会や時代と関わりながらそれらの写真が生み出されたことを提示し、木村伊兵衛の仕事を立体的にたどります。