アーカイブ研究によって見えてきた、写真家大辻清司が「写し出したこと/作り出したこと」
写真家大辻清司は、1940年代より実験精神溢れる写真作品を制作するとともに、美術・音楽・演劇・ダンス・建築にわたる同時代の諸動向に立ち会い、独自の視点からドキュメントを撮り続けました。また『アサヒカメラ』などの誌上で優れたエッセイを残したほか、多くの後進を育てた教育者としても知られます。諸分野で確かな功績を残しながら、その一方で大辻の仕事は多面的であるがゆえに一言では捉え難く、生誕100年を迎えた現在でもなお、その表現の本質を探る可能性を秘めた存在だといえます。
当館では、大辻が残したプリント、撮影フィルム、作品掲載誌や蔵書などから「大辻清司フォトアーカイブ」を構成し、15年にわたって研究を重ねてきました。作品そのものと周辺資料の包括的な検証によって制作過程を追うことは、写真家が何を見つめ、どのように対象に迫ったのか、その関心の在りどころと思考を明らかにする重要な足がかりとなります。とりわけ撮影フィルムに記録されたコマの連続からは、作品の背景にある試行の跡や、被写体との間に醸されていた機微までもをうかがうことができます。
本展では、これまでのアーカイブ資料検証によって得られた視座を軸として、「原点」「シアター」「シークエンス」「他者たち」からなる四つの章によって、大辻清司とはいかなる表現者だったのか、その真髄へと迫ります。オリジナルプリントと撮影フィルム上の未発表作品、印刷メディアでの仕事や執筆テキスト―多彩な広がりを見せた写真家の実践の数々を、互いに連関しあうものとして捉える構成は、本展を特徴づけるものといえるでしょう。また、フィルムに残された多くの知られざる作品に光をあて展観することは、アーカイブ活用の大きな試みになります。本企画は、新たな大辻像の輪郭を辿るとともに、アート・アーカイブのひとつの在り方を示し、その先に何を見出すことができるのかを探る行程の一歩でもあります。