鎌倉時代の後鳥羽天皇は、みずから作刀を行ったことで知られています。その伝統は武家文化に引き継がれ、「貴人」すなわち武将や大名が刀を打つことが重んじられました。
江戸時代、姫路藩主であった酒井雅楽頭家もまた、この系譜を受け継いだ一族です。初代姫路藩主の酒井忠恭をはじめ、大名茶人(号 宗雅)である酒井忠以や、その弟で絵師の酒井抱一(忠因)など、代々刀を打ったことがわかっています。江戸時代後期、酒井家の御宝器を記録した帳簿(『姫路酒井家宝器明細簿・乾』)では、43口が数えられています。
現在は11口が現存しており、その他の酒井家が所持した刀剣とともに、あわせて13口が姫路市立美術館のコレクションの一部となっています。
本展では酒井家ゆかりの人々が焼刃した刀剣と、佩刀1口を展示し、姫路藩を治めた酒井家の作刀の伝統と匠の技をご紹介します。