篠田桃紅(1913-2021)は、70年を超える活動を通して、前衛書から墨による独自の抽象表現の領域を拓き、孤高の位置をまもりながら探求しつづけました。中国大連に生まれ、東京で育った篠田は、自立した生き方を求めて書の世界に身を投じ、戦後まもなく、40歳を越えて単身ニューヨークに渡り活動の場を大きく拡げます。新しい表現を求める熱気あふれるこの時代、欧米の抽象芸術と日本の前衛書が時代の先端で響きあうなか、篠田の表現は大きな注目と高い評価を獲得したのです。帰国後は、書と絵画、文字と形象という二分法に囚われない、墨によるまったく新しい独自の抽象表現、空間表現を確立し、ときに建築的なスケールにまで及ぶ制作によって、他の追随を許さない位置を占めました。篠田はまた、版画の世界でも固有の表現を確立し、さらに豊かな教養と繊細な感性、そして怜悧な批判精神に裏打ちされたエッセイの名手としても、広く人々から愛されました。惜しくも107歳で逝去した作家の没後1年を経て開催される本展は、桃紅の長きにわたる活動の全貌を紹介するとともに、その広い射程と現代性を今日的な視座から検証するものです。