木下晋は1947年富山市生まれ。町田市在住。中学時代、木内克に塑像を学び、独学で油彩やクレヨン画を手がけ、16才の時、画家の麻生三郎、詩人の滝口修造に出会い、以降交流を深めた。1973年から洲之内徹の現代画廊などで個展を開き、1982年渡米から帰国後、鉛筆画を始める。ライフワークとなった「瞽女(ごぜ)」の小林ハル(故人、人間国宝)、流浪癖のあった母親、谷崎潤一郎の『痴人の愛』のモデル和嶋せい、海文堂ギャラリーでの初個展で出会った写真家・中山岩太夫人の中山正子、絵本「ハルばあちゃんの手」のモデルとなった川端さんご夫妻、そしてハンセン病元患者桜井哲夫さん。それぞれの72万時間を超える人生の日々を、10H~10B、22種類の鉛筆で、その時間と等価であることを願うがごとく、そして修行のような接触を重ねる。モデルが長い年月をかけて培ってきた年輪、皺の中に刻まれている人生、人間という不可思議な存在の心の闇の部分、生きざまという見えないものまで表現したいと迫ります。一呼吸の間に十数回も。刻むようにというのも違う、人肌を優しく撫でるように。漆黒ですら、無数の重ねること、その行為により深められていく。老いですら、皺ですら、崩れ爛れた皮膚ですら、怒りにより尖ることはない。その人の生に寄り添い、敬い、同化するまで何十万もの肌への触れ合いは、木下の内部を浄化し、祈りとして立ち上がる。絵を描くということを越えて、木下晋の目と、魂の修練の形を通じて私たちは「人」としての尊厳を知る。余りに希薄になってしまった「存在」を、見る人のうちに甦らすものがある。
木下晋の作品を、細部を緻密に描き込むことをもって、写実的なリアリズムを趣旨としているとは思わない。彼の作品の理解者、窪島誠一郎氏が《非リアリズム》と規定し、《表現主義的ともいえる画家のエゴイズムの滾り》と指摘したように、彼の作品は過剰な何ものかをメッセージとして発している。 島田誠