―罪なき人々―もう一つの現実
戦後の復興期を越え、豊かさを享受しはじめた高度経済成長の時代。札幌生まれの彫刻家、本郷新が世に問うたのは、理不尽な紛争の地にある罪のない人々、すなわち「無辜(むこ)の民」と題した作品でした。人々が見ている世界の裏側に存在する「もう一つの現実」の姿を、きつく布を巻かれた人体によって表します。人間の苦しみと抵抗を伝える独創的な表現が試みられました。
シリーズ15点、一挙公開
1970年に制作された15点からなる「無辜の民」シリーズは、小品でありながら見るものの心を打つ鮮烈な造形表現がなされ、本郷の代表作のひとつです。一連の作品は、中東やビルマにおける紛争の激化を機に、一挙に手がけられました。本郷新は1960年代から70年代にかけて、苦難を強いられる人々や、試練に立ち向かい打ち克とうとする人物を題材にした作品を次々に制作しました。
制作の息吹を直に伝える、石膏原型の数々
粘土での造形から、石膏による原型づくりと鋳造を経て、ブロンズ彫刻は生み出されます。本郷新は、ブロンズ彫刻の制作過程で作り出されるこの石膏原型に、深い愛着をもっていました。本展では、ブロンズ作品と比べ日の目を見る機会が少ない「無辜の民」の石膏原型もあわせて展示。本郷新の制作にかける熱意と造形上の模索のあとをご覧ください。
モニュメントに託された鎮魂と希望
戦後の日本全国を席巻した野外彫刻ブームの立役者でもあった本郷新。「無辜の民」シリーズの一点を3メートルにまで拡大し、堂々たる彫刻として完成させます。その作品は彼の没後、《石狩―無辜の民》の名で北海道・石狩浜に設置されました。本作をはじめ、シリーズと同時期に発表された野外彫刻の造形的な魅力と、本郷新を制作に駆り立てた祈りにも似た思いについて、石膏原型、デッサンによってご紹介します。