日本には、自然の美しさを表現する言葉として「花鳥風月」があります。「花鳥」とは、古来より観賞の対象となり、詩歌、絵画などの題材とされる自然の景物の代表としての「花」と「鳥」を表し、「風月」とは自然の風景の代表としての「風」と「月」を意味します。豊かな自然に囲まれ、四季折々に様々な表情を見せる日本に暮らす私たちは、世界に類を見ない繊細な文化を育みながら、移りゆく季節を敏感に感じ取り、そこに生きる植物や生物、自然の情景に想いを寄せてきました。
「花鳥画の、作品の優劣は、その作家の自然への愛の深さと、観察の力の如何とのみが決定すると謂っていい。」
(山口蓬春「花鳥画を描く心」『邦画』4月号、昭和10年〔1935〕)
そう述べた蓬春は、自邸の庭で羽を休め、時に巣を営む小鳥たちにも深い愛情を注ぎ、その自然への愛の深さから「日本野鳥の会」設立の際にも発起人となっています。そして、親しい芸術家らを招き、春は花、秋は月見の宴を催していた蓬春は、日本人の感性とまなざしを誰よりも大切にしてきたといえます。真の画境を「自然即自身」と説き、「自分の心と自然の意気がぴったり合ったところ、其処に本当の題材が得られる」(『美術』9月号、昭和9年〔1934〕)とも語る蓬春の作品には、自然こそが創造の源泉であり、あるがままの自然の移ろいを讃美し、例え一輪の花からでもその背後にある森羅万象にまで思いを馳せようとする、日本人の「心」そのものが体現されているのです。
本展では、花や鳥、自然の風景などを主題とした蓬春の代表作を通じて、そこに息づく自然の美や生命の輝きを再発見していただくとともに、蓬春芸術の根幹にある"日本の美"とそこに宿る普遍性や独自性をご覧いただきます。