戦国時代の庄内地域(現在の山形県・庄内地方)には、大宝寺(だいほうじ)(武藤)氏を中心とする諸領主が割拠(かっきょ)していました。地域内で争いが起きた際には、大宝寺氏を中心に話し合いを行い、解決の道を探りました。
元亀(げんき)・天正(てんしょう)年間(1570~1592)に入ると、山形の大名・最上(もがみ)氏や越後国の大名・上杉氏が庄内へ進出する動きをみせます。 両者は庄内を自らの権力下に取り込むため、対立しました。
織田、豊臣、徳川、全国的な統一権カの移り変わりは、ここ庄内にも大きな影響を及ぼしました。豊臣政権期には大宝寺氏が庄内から去り、上杉氏が支配するようになります。関ヶ原合戦以降は、元和(げんな)8年(1622)に改易されるまでの間、最上氏が57万石の大大名として庄内を治めました。
本展では、戦国時代の武将たちが作成した古文書(こもんじょ)を中心に紹介します。古文書は、作成者の意思や思惑、受取者との関係性など、多くの情報を今に伝える“時代の証言者”です。
古文書から戦国の世の実像に迫り、同時代資料の数々から当時を生きた人々の息づかいを感じることで、知られざる戦国時代の庄内を解き明かします。