兵庫県伊丹町(現伊丹市)に生まれた松原武雄(1912年~、現在国画会会員)は、戦後から現在にいたるまで真摯に抽象絵画の制作に取り組んできたモダニズムの画家です。旧制中学卒業後、中之島洋画研究所でデッサンを勉強し、次に林重義の下で徹底した写実を学びました。やがて第二次世界大戦が勃発し従軍、一度帰国は果たすも再度出兵し戦地で終戦を迎えました。戦後しばらくは風景画や人物画を制作しますが、それらは次第に構成的な画面となっていきます。1954年頃から抽象絵画への興味が芽生え、それ以降独自の画風を探求するようになりました。例えば、カンヴァスに落としたエナメルが、自然のままに円を成して広がり、色と色が重なり合ってにじみをみせていく。最初の「落とす」という行為のみが作家に依存するのであって、カンヴァスに有意的な痕跡など存在しない。そうした感情の吐露を極力排除する姿勢が一連の作品に通低しています。近年はその表現をさらに発展させ、何も無い空間の上に日用品をコラージュするという新たな展開を見せています。
「何もないことが逆に鑑賞者の創造力を喚起させる」という作家のことばは、老子が唱えた「無以為用」(何も無いことが実は本当に役立つのである)をまさに絵画で具現化したものです。そして、また約80年以上にも及ぶ実直な活動を振り返ると、20世紀の関西モダニズムとともに作家が歩んできたという歴史の重みがひしひしと伝わってきます。
90歳を越えてもなお精力的に絵画に挑む姿に、見るものは大いに刺激を受けるはずです。新近作11点からなる清新な絵画世界をお楽しみください。