季節が晩冬から早春へうつろうとき、木々の冬芽は、春への準備をはじめます。冷やかな空気が立ち込める黎明の時、わずかな朝光をうける木の枝に、竹喬はよく目を留めました。《春の芽》で小枝の先に、金平糖のように描いた冬芽は、樹という生命体の息吹、「萌(きざ)し」を捉えたといえます。
また竹喬は、樹林の雪解けのひとこまに目を注ぎました。《宿雪》や《雪餘》にみられる彼の視線は、地面や樹幹の温かさが増すことで徐々に雪解けが進む何気ない一景に、親密に向かっています。冬が終わり春を告げる、わずかな生命の蠢(うごめ)きを、ここでも「萌し」として捉えようとしています。
この「萌し」への着眼は、竹喬固有のことではなく、俳句や短歌を詠むときの発意とも共通しています。そして、この微妙な季節の移ろいを鋭く捉え、控え目に表現する在り方は、日本の文学と美術に広く通じます。竹喬作品にはこのまなざしが底通しており、日本の詩歌の勘所、その根底にある美意識を視覚化しているともいえるでしょう。
今回の企画では、素描などを含めた竹喬作品約80点から、竹喬の透徹したまなざしを通して捉えられた、日本の風景「萌し」を紹介します。