向井潤吉は1901(明治34)年に京都で生まれ、1995(平成7)年に世田谷で没しました。
その人生の時のながれを考えれば、世界も日本も大きく変貌した二十世紀という時代に、ほぼ重なります。向井潤吉は人として、画家として、この激動の世紀が生み出した多様な潮流と対峙し、そして、自身の生活と芸術の道を探り求めてきました。
向井潤吉は太平洋戦争後、およそ40年間にわたって日本全国を旅して、草屋根の民家を題材として制作を続けたことで知られています。ややもすれば、そのことに焦点が強くあたりすぎてしまい、向井潤吉が画家として歩んできた道程や、その画業の変遷に対して、じゅうぶんな関心がはらわれてこなかったきらいがあります。
本展は、向井潤吉の画業を主軸としつつ、多くの文章をのこした文筆家としての向井が想いをこめて綴った数々のエッセイを手がかりとして、構成するものです。
向井のエッセイでは、彼が画家として成長し、道を拓いていく過程に関わった作家たちの様子がしばしば活写されています。たとえばそれは、向井が若き日に間接的あるいは直接的に薫陶を受けた浅井忠、都鳥英喜、鹿子木孟郎、安井曾太郎、小出楢重、須田国太郎などの先輩画家であり、戦時中にインパール作戦へともに従軍した火野葦平であり、また同世代でともに世田谷に住んだ本郷新、牛島憲之、難波田龍起、佐藤忠良、舟越保武、柳原義達といった人たちです。
この展覧会は、このようなかたちで、向井潤吉が創造の土壌を育む過程で交流をもったさまざまな作家の仕事や、彼が羨望の眼差しで見つめた先人たちの作品にも視野を広げ、草屋根の民家という独特な題材を追い続けるに至った一人の画家の足跡を辿ろうとするものです。向井潤吉の作品のみならず、二十世紀という時代に、同じ空気を吸いながら創作に励んだ作家たちとの交流の軌跡をお楽しみください。