戦前の昭和を破天荒に生きた画家・長谷川利行(はせがわとしゆき、1891-1940)。利行は、原色そのままの色づかい、速写による奔放な筆致、そして短く激しい生涯のため、時に日本のゴッホとも呼ばれます。
1891(明治24)年、京都山科に生まれた利行は、多感な青春時代を文学に傾倒し、自ら歌集『木葦集(もくいしゅう)』も出版します。30歳頃、関東大震災前に上京し、その後絵画を志すと、36歳の時、第14回二科展で樗牛賞(ちょぎゅうしょう)受賞、また翌年には一九三〇年協会展で奨励賞を受けるなど、一気に天賦の才能を開花させました。「リコウ」と愛称され、靉光(あいみつ)や井上長三郎、吉井忠ら池袋モンパルナスの作家にも影響を与え、一部に熱狂的な支持者やコレクターを生みました。しかし生来の放浪癖から生活は破綻し、極貧のうちに東京市養育院にで誰に看取られることなく、1940(昭和15)年、49歳の生涯を閉じたのです。その生き様はいまや伝説となって、さらなる熱気をはらんでいます。
関東大震災後の不安な世相とファシズムが世界を席巻しつつあった昭和初期。カフェやレヴュー、モボ・モガといったカタカナ言葉が氾濫し、エロ・グロ・ナンセンスとよばれた猥雑(わいざつ)で喧騒にみちた都市文化が花開きます。この展覧会は、浅草や新宿などの風景や、対象の本質のみを速筆でとらえた人物画、ほとばしる色彩による生命感豊かな裸婦像など、油彩、水彩、素描など、新発見作品をふくむ代表作約140点により、長谷川利行の画業を紹介するものです。不安の時代に、芸術の至高だけを目指し、ホームレス同然で果てた画家の“生き様”を通して、「生きること」と「描くこと」の原点をもう一度見つめ直します。