現代のドイツを代表する彫刻家ヴォルフガング・ライプのわが国では初めての本格的な回顧展を開催します。
大学で医学を専攻したライプは、近代の科学が人間の生と死、心や精神の問題を扱いえぬことに深く失望して芸術へと転じ、1970年代半ばに本格的な作家活動を始めました。1976年に、白い矩形の大理石板の上部をシャーレ状にけずって牛乳を満たした《ミルク・ストーン》を発表して一躍注目をあつめ、数年後には、自宅周辺の野山で採集したタンポポやマツの花粉を床に四角形に敷きつめた作品などを開始、また1980年代になると、家の形をした大理石の彫刻と米や花粉を組み合わせた作品や、天然の蜜蝋パネルによる部屋や回廊のインスタレーション、さらに近年は、蜜蝋製の舟のインスタレーションなどを精力的に発表しています。
ライプは、若い頃からインドをはじめとするアジアや中近東諸国にたびたび滞在した経験をもち、東洋の文化や思想・宗教からさまざまな啓示を受けて、作品を制作してきました。彼が用いる素材は、一貫して牛乳・花粉・米(種子)・蜜蝋など、自然界において個体の死をより大きな生命の連鎖へとつなぐリンクともいうべき物質であり、そこには、大地(石)をも含めて、動物と植物、生物と無生物の違いすら超えた生と死の大きな連環への透徹したまなざしや思索が潜んでいるでしょう。今回の展覧会では、《ミルク・ストーン》や花粉の仕事、そして大がかりな舟のインスタレーションなど、彼の代表作17点を展示いたします。