1914(大正3)年盛岡市に生まれた写真家・内村皓一(うちむらこういち)(1914ー1993)は、1940(昭和15)年関東軍に徴用され中国・奉天にわたります。翌16年から2年余りにわたって撮りためた3,000枚の写真は、戦争により厳しい生活を送りながらも生き抜く、生々しい市井の人々の姿をとらえた人物像や、戦火で傷付きながらも美しい奉天の風景などでした。終戦後そのなかから30数本のフィルムを荷物に忍ばせ帰国。残りは自らの手で焼却しました。
帰国後は花巻市で家業の印刷業を営むかたわら、1947(昭和22)年アムステルダム国際サロンでの「盗女」「ボロ」「流浪者」「不具者」入賞を皮切りに数多くの国際サロン展に出品。その入選作は2,000点を超え、1950(昭和25)年には、英国ロイヤルアカデミーサロン「瞑想」グランプリなど多くの受賞歴をもちます。また、戦後花巻に疎開していた高村光太郎と交流を深め「光の詩人」と称されました。さらに、写真クラブ「皓友会」を結成し後進の指導に努めるかたわら、各国の写真団体と交流展を開催するなど国際的なネットワークを築いていきます。1973(昭和48)年には岩手日報文化賞を受賞。昭和59年英国王室写真協会正会員。1993(平成5)年80歳で亡くなるまで後進の指導に尽力しました。
本展では、内村の奉天時代の作品50点に戦後サロンを中心に発表した女性像や「貌」シリーズをあわせ、初の大規模な回顧展として内村写真の全貌を辿り、郷土の美術家を検証します。