東山魁夷にとって、ドイツは“もうひとつの故郷”でした。
魁夷は、東京美術学校(現・東京芸大)を卒業した二年後の1933年(昭和8年)から三年間、ドイツ・ベルリンで過ごしました。当時画家を志す青年たちが一様に憧れたパリを避けて少年時代からトーマス・マンの文学やモーツァルトの音楽を通じてなれ親しんできたドイツをあえて選んでの留学でした。
ベルリンでは、主に大学で美術史を熱心に学びましたが、一方で各地を旅しての写生にも励みました。ドイツの美しい森と湖の風景、合理的で質素な人々の生活は、青年・魁夷の心に実に大きなものを残しました。
それから三十余年後の1969年(昭和41年)、東山夫妻は、ドイツ、オーストリアへの長い旅に出かけます。主に古い都市やひなびた町村、青と緑の自然を訪ねる旅でした。
この四ケ月にわたる旅で、魁夷は懐かしい青春の思い出を、繰り返し反芻します。そして、この旅で得た膨大な写生がもととなって、帰国後、東山芸術の一つの頂点ともいうべき数々の傑作が誕生するのです。
本展では、この“心の旅”で生まれた感動の作品と併せてスケッチブック・日記帳などの資料も展示致します。