メキシコは1930年代の欧米のアーティストたちを魅了し、様々な影響を与えました。シュルレアリスムの主宰者である詩人アンドレ・ブルトンはメキシコの魅力について次のように述べています。「メキシコは世界で最もシュルレアリスティックな国だ」と。
メキシコはオルメカ、マヤ、アステカ等の古代メキシコの独特な文化と、J・C・オロスコ、D・リベラ、D・A・シケイロス等の壁画運動を起こしたメキシコ革命以降の近代メキシコ芸術が混合し、独自の世界観を持った芸術を様々な分野で生み出している国といってよいでしょう。そのようなメキシコに日本の多くの画家は魅せられ、またメキシコで活躍した同郷(愛知県瀬戸市)の画家・北川民次に憧れた一人の若者が、竹田鎭三郎でした。
東京藝術大学を卒業した竹田は、故郷の瀬戸市や沖縄で画家としての活動を開始しました。
そして1963年に憧れの国、メキシコに渡ります。竹田は当初、首都であるメキシコシティで博物館に勤めながらメキシコ中の先住民と祭りを訪ね歩き、メキシコの原点である先住民の生活やメキシコ人の原始の魂を求めて、オアハカ州に移り住みました。竹田はオアハ力で自分の生きる道を発見し、画家として真の歩みを始めたのでした。それは農民の美術を始めることでした。
また、竹田は尊敬する北川民次と同様に、美術教育にも情熱を注ぎ、オアハカ州立自治ベニート・ファレス大学で若いアーティストの育成にも尽力しました。その後、竹田は教え子たちの勧めで自身の名を冠した「竹田鎭三郎・版画ビエンナーレ」をオアハ力州政府とベニート・ファレス大学の協力で作り、その展覧会をメキシコ各地やアメリカ、キューバで開催しています。
本展は竹田の初期の瀬戸や沖縄をモチーフにした作品からメキシコに渡り、初期の版画作品や絵本の原画、そしてオアハ力で制作した彼の代表的な油彩画を中心に竹田芸術の軌跡を紹介するとともに、彼が育てたオアハ力のアーティストたちの作品を紹介します。さらに竹田のメキシコへの思いを継承し、メキシコで活動している二人の日本人アーティストの作品も併せてご紹介します。さらに竹田と岡本太郎との接点ともいえる岡本の壁画《明日の神話》を原画やデッサン、制作当時の写真を常設展で紹介します。