フェルナン・ムルロ(1895-1988年)と彼の営む版画工房の名は、20世紀のパリで活動した芸術家たちのあいだで、伝説的な存在として語られてきました。
1921年、印刷所を経営していた父の死に伴ってフェルナンとその兄は会社を受け継ぎ、「ムルロ兄弟社」と名付けます。パリの一角でシャンパンのラベルや広告を製作するムルロのリトグラフ印刷所(工房)は、1930年にルーヴル美術館で開催された「ドラクロワ回顧展」のポスターが注目を集めたことをきっかけに、芸術的リトグラフ工房へと発展していきます。1930年代にはマティスが、第二次世界大戦後にはピカソ、シャガール、ミロ、コクトーらがフェルナンのもとを訪れ、リトグラフ制作に没頭しました。画家たちは工房に通い、製版や刷りを担当する職人と相談しながら納得のゆくまで版を重ね、時にはそれまでの常識を超える方法を試みて刷りを繰り返しました。ムルロ工房は芸術家と職人との協同作業によって、リトグラフの創造の可能性を追求する場となったのです。
ムルロ工房からは、ピカソの《鳩》、シャガールの《ダフニスとクロエ》、レジェの《サーカス》、ミロの《ユビュ王》といったいくつもの名作が世に送り出されました。本展では20世紀の巨匠たちのリトグラフ、挿画本、ポスター、美術雑誌に加え、ムルロ工房から日本に伝えられたプレス機など約300点の作品と資料をご紹介します。