旅―和歌山は熊野詣の巡礼地でもあり、歴史的にも旅と関わりの深い土地です。山深い自然を背にしたこの土地は、非日常の時間や空間、さらには畏れにも近い存在と常に隣り合わせでした。道路や交通機関、宿泊施設が整えられた現代の私たちにとっての旅や観光は、昔に比べればもっと気軽な、楽しみのひとつにもなっています。
「観光」という言葉には、その土地の一番すばらしいところ、つまり「光」を見るという意味があります。私たちが観光するときに期待している「光」はさまざまですが、なにより、ほかにはない風景、その地で暮らす人々が築き上げ、その地を訪れた人々が積み重ねた文化でしょう。
そして、見知らぬ土地へ出かけ、異なる文化に触れて感覚を新たにしたいという欲求は、どんなに知られた名所旧跡へ行くときにも働いていて、私たちのまなざしを発見に導きます。日常を離れた旅先で、初めてのものに触れるときのわくわくする感じは、すばらしい美術作品と出会ったときの気持ちと、通じるところもあります。
この展覧会では、和歌山を描いた作品を中心に「美術で観光する」ことと、「美術を観光する」という二つのアプローチによって、幅広い作品を紹介します。名所図会など、旅心をさそう資料から、大型の美術作品まで、当館のコレクションを中心にご覧頂きます。
「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産に登録されて10年目、秋の近代美術館で、見る人の日常を彩り豊かなものにする南国・和歌山の魅力とアートを、どうぞお楽しみください。