“天円地方とは古代中国の考え方で、天は円(まる)く、地は方形であるという宇宙観を表す言葉です。
天が円形で表されるのは、星の運行が円運動であるためで、地面は四角くどこまでも広がっていると考えられたのでしょう。中国の考え方を手本にした日本では、奈良や京都などの古代都市が四角形を基本に設計されましたし、前方後円墳や相撲の土俵も二つの世界が結合した形をしています。
前方後円墳などは日本独自の形だそうで、そこには当時の人々の世界観が色濃く表れています。つまり天と地のように対比する概念に対して、それらを交流の場所として一体化させようという意図をその形態から感じます。
では一体化させる必要性はどこにあったのでしょうか。創世神話である記紀によれば、世界は混沌から始まって次第に重いものと軽いものが分かれて天地(あめつち)が分離したとあります。はじめから分かれているのではなくて元は一体であった。それをもう一度違った形で結合させようとする意思があったのではないでしょうか。
今回の作品群は、大きな筆で同じところに繰り返し繰り返し絵の具を重ねています。次第に紙の上のふわふわとしたカタチは重さを増して、どっしりとした大地のような塊に変化してゆきます。その過程で生まれる絵の具の余滴は、塊から離れ天に運行する星のように見えます。
こうして描かれた部分と余白の部分は次第に分かれていきますが、二つの世界はお互い相まって絵画を成り立たせています。一本の線が引かれるためには、それを引き受ける広大な余白がなければなりません。<天円地方>とは描かれた部分とそうでない部分との交流の場にほかなりません。” 菊地武彦筆