幕末から明治にかけて、美術の世界に大きな変化が現れました。西洋風の写実表現を試みる画家が次々と登場したのです。日本における近代美術の始まりでした。本展はこの時代に活躍した徳島の4人を紹介します。
■原鵬雲(はら ほううん 1835-79年)は1862(文久2)年の幕府遣欧使節団に随行し、ヨーロッパ各地で西洋美術を目のあたりにしました。帰国後は水墨でヨーロッパの風物を描き、油絵も描いています。
■井上辨次郎(いのうえ べんじろう 1860-77年)は1873(明治6)年イギリスに留学し、ロンドンで本格的な美術教育を受けました。日本で最も早い時期の美術留学生です。
■徳島藩の御用絵師だった守住貫魚(もりずみ つらな1809-92年)は、伝統的な大和絵の絵師ですが、印刷物を通じて西洋美術を吸収しようとしています。
■その息子、守住勇魚(もりずみ いさな1854-1927年)は、1876(明治9)年に明治政府が開校した工部美術学校で洋画を学びました。この時代を代表する洋画家の一人です。