近づくと、息づいているような静物画のうす闇。
浜口陽三 (1909~2000) の銅版画は、銅を織物のように細かく刻んで、光と闇を生み出します。
指先で触れてもたどれないほど微妙な銅の彫り加減が、作品に無限の柔らかさをもたらし、さくらんぼやレモンに永遠の時間が流れはじめます。浜口陽三は、20世紀半ば、新しい時代の芸術表現として銅版画を選びました。そして半世紀以上を経た今でも、新鮮な魅力をたたえています。
本展覧会では、詩人で美術にも造詣の深い、高橋睦郎氏を顧問としてお迎えし、繊細な美術作品ばかりを現代の芸術家たち3人と浜口陽三の銅版画の組み合わせで紹介します。
細い絹糸を用いて、ものの広がり、雰囲気、微妙な心の動きを空間に現出させる池内晶子。
今回は、そのとらえどころのないものを具現化する立体と共に、その空間を表現した版画作品を展示します。
言葉、書物、文房具を素材に、既成の文学にはない、はるかな物語を紡ぎだす福田尚代。
本との対話から生まれる間接表現や、原稿用紙を彫刻する感性には銅版画に近くて遠いところもあります。個々の作品は、全体でひとつの妙なる世界をつくります。
カメラを用いない写真、フォトグラムによって、現実と似て非なる透明な風景を作る三宅砂織。
版画から出発した三宅氏は、さらに大きな輪郭を求め、この技法によって柔らかな包容力のある画面を作り出しています。
時を積み重ねた細やかな表現は、確かに心のひだをなぞり、未知の世界を生み出してゆきます。
3人の作家は、新作を中心に展示する予定です。
深い森の中を抜けて出会う湖のように、新しい気配や新しい光を感じてください。