戦後日本のグラフィックデザイン界に重要な足跡を残した村越 襄(むらこしじょう)(一九二五-一九九六)の歿後初の回顧展を開催いたします。
それまで手描きであった広告宣伝物の主体が写真へと変化するに伴い、印刷物全体の構成を統括するアートディレクターのしごとに注目が集まります。一九六〇年代、写真家たちと協働する彼等の役割はますます重視されることになりましたが、単に情報を効率よく伝達するのにとどまらず、時代の先をよむ眼や、新しい美の基準を提案することも新時代のアートディレクターたちに期待されました。
広告制作を専門に行う会社の草分けであるライトパブリシティの創立に参画した村越は同時に日本宣伝美術会やグラフィック集団で実験的な活動にかかわり、またこの時期アートディレクター亀倉雄策の下、一九六四年東京オリンピックのポスター(スタートダッシュと競泳バタフライを題材とした二点)を写真家早崎 治と共に担当したことでよく知られています。躍動する身体、力強くシンプルな構成は戦後の復興から未曾有の発展に向かう日本社会を象徴的に示すものでしたが実は、その背後に村越が西洋の宗教画にインスピレーションを得た「祈りのデザイン」の動機が隠されていました。
商業デザイン界で活動した村越は晩年、五年の歳月をかけ、日本への古典回帰ともいうべき作品《蓮華幻相》(れんかげんそう)の制作に取り組みました。《蓮華幻相》シリーズは写真家鈴木 薫による蓮の写真に『往生要集』や『般若心経』に基づき、金銀箔や顔料により加工を施したユニークな作品で、現代の装飾経ともいうべきものですが、そこには初期から一貫する村越の「祈り」への思いがこめられています。
村越のデザイン観と手法は次世代の若いクリエイターたちに大きな影響を与えました。今回の展覧会では東京での《蓮華幻相》展を二十四年ぶりに再現し、あわせてデザイナー村越の軌跡を初期ポスターなどによりご紹介いたします。