松永安左エ門氏(1875~1971)は、戦前戦後を通じ大きな業績を残した政治家・実業家です。特に戦後の電力再編成においては、分割民営化を推し進める上で中心的な役割を果たしました。その一方で、氏は「耳庵」(じあん)の号をもち、60歳の年に始めた茶の湯の活動で、益田鈍翁、原三溪の後継者とも目され、近代を代表する茶人として知られています。戦前には埼玉県志木の柳瀬山荘を本拠とし、戦後は神奈川県小田原の松下軒を中心として積極的に茶会を催し、茶の湯の分野で優れた美術品の蒐集を行いました。のちに茶の美術から鑑賞美術へと関心を広げた氏は、小田原に松永記念館を建設し、鑑賞美術の分野での優れた蒐集品を展観、多くの人に供することに努めました。
昭和23年(1948)、氏は風雅なたたずまいの柳瀬山荘とともに、それまでに蒐集した美術品を東京国立博物館に寄贈されました。さらに、氏の没後、戦後に蒐集された茶の湯の美術と鑑賞美術の多くが福岡市美術館に寄贈されています。
今年度は松永氏の没後30周年にあたります。これを記念して、東京国立博物館と福岡市美術館とが協力し、松永耳庵のコレクションを一堂に集め、その全貌を明らかにする始めての大回顧展を開催することとなりました。
重要美術品「大井戸茶碗 銘有楽」など茶道具の名品や、国宝「釈迦金棺出現図」をはじめとする3部構成でご覧いただきます。近代茶の湯の美学を体現する耳庵の優れた鑑識眼に触れるとともに、戦前から戦後にかけての日本美術観の流れを感じ取っていただけることでしょう。