吉川霊華[1875-1929]といってもほとんどの人はご存知ないかもしれません。
物語や道釈人物を画題としているからといって、敬遠しないでください。霊華の作品の魅力はその線にあります。細く、速度をもってリズミカルに継がれてゆく線が、山となり雲となり、人をかたどったかと思えば、余白に散らされた仮名となる。書も画も一体となったようなその独歩の世界に息をひそめて近づくと、かすかに、たとえようもなく美しい音曲が聞こえてくるはずです。
やまと絵の研究からはじめて広く東洋芸術を研究した霊華。1916年に鏑木清方や平福百穂らと結成した金鈴社という舞台を得て画壇にその名が知られるようになっても、帝展などの大きな展覧会からは距離を置き、孤高の芸術を拓きました。その信念は、「正しき伝統の理想は復古であると同時に未来である」という言葉に現れています。やがて時代が雲華に追いつき、昭和にかけてさまざまに線描美の探究がおこなわれるようになっても、霊華はゆうゆうと孤高をたもち続けました。
展覧会芸術から遠いところに花開いた近代のもうひとつの美の世界。代表的作品ならびに数多くの初公開作品を含む約百点と、ニ十代からの38冊に及ぶスケッチ帳、草稿、資料などを紹介する本展で、近代に生まれた線の探究者を発見してください。