河口龍夫は、1986年のチェルノブイリ原発事故以降、放射線を遮る鉛を意図的に用いた作品を制作しています。それは河口の制作の根幹となるみえるものとみえないものとの関係性を浮上させる物質のひとつとして用いられ、政治的な色彩を帯びた反核メッセージを声高に主張するものではありません。しかしその一連の作品は、鉛に被覆された視えざる物質、あるいは事象に対する見る者の感覚の解放と想像力の喚起を促すと同時に、原子力に依存した社会体制下におけるあらゆる種の生存の危機を予兆しながら絶えざる生への強い意志に貫かれ、河口の作品世界の基底をなすヒューマニズムに裏打ちされた作品として高く評価されてきました。
そして常に自身を取り巻く環境=世界との関係に着目し、制作の基点としてきた河口は、3月11日の東日本大震災、それに続く福島原発事故-フクシマ・クライシスの後、否応もなく一変してしまった世界をみつめながら200点を超える作品を生み出しています。
本展は、混沌とした世界に直面しながら常に未来を志向しようとする河口の作品を通して、あらためて世界と私たちの関係を見つめ直す契機となることを目的として企画され、また同時に河口の作品を長年撮影してきた写真家・齋藤さだむが3.11以後の被災地をとらえた写真を紹介する「齋藤さだむ-不在の光景」も、河口の作品とコラボレートする形で開催されます。