遠州は1年を通じて風が強く吹く地域。浜松の街中を風は吹き抜ける。この浜松の地を拠点に7年間活動している山本一樹は、風によって育まれてきた心象風景を「風の記憶」として個展を開く。固く重い鉄や銅、真鍮などの素材も彼の感性にかかると浜松の風に乗って独自の空気感ともいえる世界観を表現する。それは原風景に近い懐かしさとともに風の向かう先にある新たな世界を予感させる。
山本一樹の研ぎ澄まされた感性は、人工物の代表でもある金属に時に緊張感のある時間と空間を凝縮させ、見る者にその非連続性を感じさせるが、一転して自然で豊潤な心地よさや居心地の連続性をも感じさせる。この一つ一つの断片の蓄債が先鋭さから解放された豊かさをもたらすのであろう。鍛金という古くからの技法伝統を受け継ぎ金属にいのちを与える造形活動は、デジタル技術の世界とは対極であるが、彼の作品から発する記号的美は情報そのものであり先端技術と一脈通じるものを感じる。バーチャルな世界が一般化する現代において頭で考えると同時に手で考えることの大切さを我々に示唆している。
「文化の力」と「デザインの力」で地域と共生する静岡文化芸術大学は、今年13年目の春を迎えた。同大学のデザイン学部の教授を務める山本一樹の地域への貢献は地道であったが確かな実績を慎み上げてきた。この度、こうした蓄積の成果を地域へ発信することが浜松市美術館の場を得て実現できた喜びをともに分かち合いたい。
2012年3月 静岡文化芸術大学 副学長 河原林桂一郎