猪熊弦一郎(1902-1993)は70年に及ぶ画業を通じて、多くの作品を残しました。そのうちの2万点あまりが丸亀市猪熊弦一郎現代美術館に収蔵されており、その9割以上は紙に描かれています。
紙は絵を描く支持体として、カンヴァスに比べると概して身近と言えるでしょう。持ち運びや作画の準備が手軽なため、思いつきをさっと描きとめたり、新しいアイデアを次々試みたりできますし、画面が小さいので短時間で完成させることもできます。素描や下絵のように、同じモチーフや構図が繰り返し描かれることもあります。こうして描かれた絵には、画家の頭に浮かんだ当初のイメージや制作の過程、テクニックやオリジナル性の獲得への痕跡があらわれており、より構えのない率直な表現を見ることができます。描きこまれたカンヴァスの大作を一冊の本だとすれば、紙の絵一枚一枚は、画家の手の中からこぼれ出た小さな言葉のようなものかもしれません。
本展では、初公開を多数含み、本格的な画紙からスケッチブック、メモ用紙にいたるまで、大小さまざまな紙に描かれた猪熊の作品を紹介します。猪熊表現の魅力をひも解く「画家の言葉」の数々をご堪能ください。