小川芋銭(1868-1938)は茨城県の牛久を拠点に生涯を過ごした画家である。仙人のような風貌や,近世の南画に通じる画風から,江戸時代の伝統を受け継ぐ画家と思われがちであるが,洋画塾で画業を修め,その前半生には挿絵画家としてジャーナリズムで活躍した近代人であった。40代から本格的な日本画家を目指し,展覧会への出品も行うようになったが,日本画についてはほとんど独学であり,独自の画風を追求した画家であった。
芋銭の作品は,中国や日本の古美術,老荘思想,俳句や書といった東洋文化についての幅広い教養をふまえた作品と,水郷の田園風景や旅先で眼にした自然を主題とした作品,そして郷里に伝わる河童や水魅山妖(すいみさんよう)などの精霊を主題とした作品の三つに大別できる。しかし,それらの主題は個別に展開されていったのではなく,風景画の中に精霊が現れたり,田園風景に桃源郷が重ね合わされたりするなど,互いに混じり合うことも多い。そうした作品からは,近代化により急速に自然が失われていく中で,芋銭が人間と自然の関係について独自の考えを持ち続けていたことを窺わせる。特に,科学的なものの見方を広めようとする近代文化の中で,河童や水魅山妖などの精霊の存在を否定されつつあったものたちを好んで描いたのは,人間の理解を超える存在や人間の力の及ばない現象を慈しみ尊重しようとした芋銭の自然観の現れともいえるだろう。
今回の展覧会では,愛知県美術館の木村定三コレクションと茨城県近代美術館の芋銭作品という二大コレクションを中心に,芋銭の代表的な作品を一堂に集め,芋銭の芸術の軌跡をたどる。
芋銭の没後,私たちの生活はますます自然から離れる方向へと進んできた。しかし,大震災後のこの一年間は,多くの人々が自然と人間との関係について再考している状況である。今,芋銭の作品を鑑賞するということは,芋銭という一人の芸術家を知るだけでなく,その作品を通して自然と人間との関係について改めて思いを廻らすきっかけにもなると思われる。
なお,本展は茨城県近代美術館としては初の小川芋銭展となる。