松本竣介(1912-1948)は、昭和前期の近代洋画史に、一種独特の足跡を遺した画家でした。新しい時代の絵画を標榜しつつも、過激なだけの前衛性や画壇での政治的栄達には背を向け、あくまでも個としての自由を貫きとおした凛然たる表現者であったともいえるでしょう。戦時下、都会の一隅にあって時代の趨勢や生活者としての現実をきわめて冷静に見つめながら、同時に、絵画にみずからの生死を賭した彼は、わずか36歳という若さで病に倒れ夭逝してしまいました。しかし、その厳しくも清廉なる画家精神は、作品のなかに今なお息づいており、多くの人々を魅了しつづけています。
少年時代を過ごした盛岡で13歳のときに聴覚を失ってのち、画家になる決意を固めた竣介は、1929年に上京。以後の約20年間が、短いながらも起伏に富んだ竣介の画歴となりました。本展では、その画歴を大きく4つの章に分けて紹介します。二科展を舞台に頭角を現わし、都会の律動をさまざまに描き出していった前半期の作品。そして、大きな画風の変化を見せた1940-41年以後の後半期の作品群からは、謎めいた人物画や静まり返った風景画を。さらには敗戦後、他界する直前に着手した新たな画風まで、本展では、油彩・約120点、素描・約120点、スケッチ帖や書簡などの資料・約180点をもって、この不世出の才人・松本竣介の足跡をつぶさに振り返ります。