ヴィクトリア朝時代に詩人、工芸デザイナーとして名を馳せたウィリアム・モリス(William Morris,1843-96)は、インキュナブラ、すなわちグーテンベルクが活版印刷を発明した15世紀中頃から1600年までの印刷術の始まりの頃に刊行された活字本を、熱心に収集し研究しています。そして、書物というものは、美しい活字で、美しい紙に印刷し、美しい装丁で、製本できると確信した彼は、自らも活字のデザインに取り組み、晩年になって彼自身の「ささやかな印刷術の冒険」に乗り出しました。モリスは手引き印刷機を購入し、印刷職人を雇い入れ、最良の手漉き紙と最良の印刷用インクを探しだして、ハマースミスにケルムスコット・プレス(Kelmscott Press,1891-98)を創設し、そこから全53書目、66冊の美しい書物が相次いで発行されています。
本学図書館では、ケルムスコット・プレスより発行された全書目を所蔵していますが、今回の所蔵品展では、その中から、ケルムスコット・プレスの全盛期に発行された15書目が展示されます。
全盛期のケルムスコット・プレス刊本の魅力のひとつは、しばしば木版挿絵が添えられているところにあります。「挿絵本は、挿絵が印刷されたテキストの添え物であるというのでなければ、協同的な調和のとれた芸術作品であるべきだ」というのがモリスの考えで、その見事な結実が、今回の展示における最大の見もの『ジェフリー・チョーサー作品集成』です。
刊行当初から『グーテンベルグ聖書』以来の最高に美しい本という名声を博した本書をはじめとして、ケルムスコット・プレスがその全盛期に生み出した数々の美しい書物を、モリスが暮らしたケルムスコット・ハウスの当時の様子を撮影した写真などの関連資料とあわせてご紹介します。